黒衣ノ業
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November
2011.11/21
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 8
「……妙だな」
ひと気の無くなった廊下を進みながら、私は不審がるように声を洩らす。
深夜になり、私は結局独断でシャラ=イスタへと侵入を試みた。ところがあまりに簡単に内部に入れたことに首を傾げていたのだった。
もちろんそれなりのセキュリティは施してあったが、警備会社と契約している程度のごく一般的な設備で、私にしてみればどうということもない代物でしかなかったのである。これで充分といえば充分なのかもしれないけれど……。
「おやおや。まさか迷子さん……というわけでもないですよね?」
「!?」
どこか間の抜けた声。
そんな声に、私は弾かれたように振り返った。
「な……」
振り返った視線の先には、眼鏡をした人の良さそうな顔をした青年が、白衣姿のまま佇んでいる。
ここの職員――か。
驚愕といえば驚愕だった。
油断していたわけでもないのに、こうもあっさりと背後を取られていたことに。
見つかったという驚きよりも、自分に悟られずに接近を許していたことの方が、遥かにショックだった。
「っ!」
しかしすぐに思考を切り替える。
私は即座に飛びかかった。
見つかったのならとりあえず口封じだ。
「え、ええっ!?」
青年が驚いたのも無理はない。ほとんどタイムラグ無しに、私は振り返るなり襲いかかってきたように見えたのだろうから。
「うわわっ!」
情けない声を上げる青年を、あっさりと押し倒す。
「悪いけど、しばらく――」
馬乗りになり、右手の拳に力を込め、容赦無く振り下ろそうとしたところで。
「お待ちなさい!」
「!」
鋭くかかった制止の声に、私の拳は寸でのところで停止した。青年の鼻先すれすれである。
声の主が誰であるかなどすぐに知れた。仏頂面になって、私はその名を呼ぶ。
「……シャレム」
「まったくやれやれですわ。手を引けと忠告したはずですわよ」
「ふん」
「しかも乱暴極まりありませんわね。目についた相手を端から殴っていくつもりだったんですの?」
「うるさい」
皮肉たっぷりに言われ、更に渋い顔になってしまう。
「お前だってこっそり入ってきたんだろう。誰かに見つかったらどうせすることは一緒のくせに」
シャレムだって私に劣らず、口よりも手や足が出るタイプだ。人のことばかり悪く言って……。
「失敬な。ちゃんと正面玄関から入りましたわ。貴女と一緒になさらないで下さる?」
「正面から……?」
さすがに少し驚いた。
と、そこで、
「あ、あの〜……。お話中のところ申し訳ありませんが、その」
そんな控え目な声が割り込んできた。私が押し倒したままでいた青年である。
「さすがに重くて、そろそろしんどいかな、と……あ」
重い――?
青年が自分の不用意な言葉に気づいたのは、私が彼の顔面に一撃を与えた後のことだったと思う。……失礼な。
「いたたたた……」
「リーゼ、貴女って本当に乱暴者ですのね」
「ふん」
思わず殴ってしまった青年など目もくれず、私はそっぽ向く。
「お嬢さん方……結局どちらさんなんですか? 泥棒にしては……なんていうか」
悼む頬を押さえながら、それでも青年は控え目に尋ねてきた。よほど人がいいのか、私に殴られたことも自分の不用意だったととりあえず納得してしまっているらしい。
無用心といえばあまりにも無用心で、危機感の無い青年だな……本当に。
こんなのだから、背後を取られたのも気づかなかったのだろうか。
うん、そうだ。そうじゃないと納得できない。
「なんていうか、なんですの?」
「お二方とも可愛いですから」
「…………」
そんな返答に、はあ、と呆れたように息を吐き出すシャレム。私も呆れてしまった。
「……この状況で貴方ものんびりとした方ですのね。わたくしが止めなければ、今の程度ではすまなかったかもしれませんのに」
「というと?」
「リーゼは手加減しませんから、顔面陥没くらいはなっていたかもしれませんわ」
「陥没って……怖いですねえ」
「ある意味泥棒よりたちが悪いということです。リーゼは」
言いたい放題のシャレムに反論したいところだったけど、概ね正しかったりするのが悔しいところだった。……お前だって同じくせに。
もちろん「重い」と言われて殴った時には十二分に手加減したんだから。
「まあよろしいですわ。ところで貴方、ここの研究員か何かですの?」
「いや、そうだけど……その前に君たちこそ――」
「質問しているのはわたくしですわ!」
青年の言葉を遮って、ぴしゃりと言う。侵入者のくせに、偉そうなんだから。……私もだけど。
「あ、えーと……。僕はヴィリー・ベーレンスといいます」
シャレムの迫力に負けてか、しろどもどろになりながら青年は答える。
「一応研究所には入ってますけど、契約社員なものでして」
「契約社員? そんな半端な方がどうしてこんな夜分に?」
「半端って、ひどいなあ」
ひどいと言いながらも特に気にした様子は無く、青年は苦笑を浮かべて頭をかく。
「夜間業務担当なんですよ。だから、かな。ここってお給料は悪くないし、できたら正職員になりたいんですけど、なにぶん最近ここに来たばかりで。夜の仕事でも何でも頑張って、上の人に認めてもらわないとダメですけどね」
「ふうん……そうですの。でしたらそのご希望、叶えてさしあげてよ。その代わりにわたくしに協力なさい」
「はあ?」
さすがに驚いたようで、間の抜けた声をあげる青年……ベーレンスとかいったかな。
私もいったいどうする気なのかと、黙ってシャレムの言葉を待つ。
「名乗っておきますわ。わたくしの名はシャレム・アーレスト。ご存知かしらこの名前は」
「あー……えっと、どこかで聞いたような、聞いたことのないような……」
考え込むベーレンスだったけど、どうやら思い当たる名ではなかったらしい。ぼそりと私はフォローしてやることにする。この名前を知らないなんて無礼だの何だととシャレムが癇癪を起こすと鬱陶しいし。
「ジュリオンのアーレスト家の伯爵令嬢だ。これでも」
「これでもというのは何ですのリーゼ!」
一言が余計だったようで、結局怒り出すシャレム。まったくうるさい。
「ということは、貴族様?」
「そうですわ」
「へえ……どうりで偉そうなわけか」
「貴方が無礼なだけですわ」
「それはどうも。ということは、そちらのお嬢さんも貴族か何かなんですか?」
私を見るベーレンス。
それに対して肩をすくめて否定だと答えておいた。
そんなことはどうでもいい。
「リーゼなどどこの馬の骨とも知れぬ輩ですわ。そんなことよりも、わたくしの家はこの会社の大株主でもあります。わたくしの一声で、貴方の出世など造作もありませんわ」
なるほど、自分の権力を最大限に利用する気らしい。だけど馬の骨って言うな。一応私の家だって…………まあ、いい。
「ふむ」
「ここに入ってきたのだって、ちゃんと手続きをしてきたのですから」
さっき正面玄関からと言ったのは、そういうことか。確かにその方がシャレムにとってはもっとも早くて確実な方法だ。その上で私よりも先に潜り込んで、張っていたのだろう。……私のことを。
「いやあ……でも汚い取引はちょっと」
あっさりと否定の意を示したベーレンスに対し、シャレムはにっこりと微笑んだ。
私ですら思わず引いてしまうような、天使の笑み。でも腹の中で考えていることは、悪魔的なことだろう。
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2011.11/3
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 7
「……リーゼ、あなたは存外有名人なのですわよ?」
「……?」
「良くも悪くも、ですけれどね」
そう前置きしてから、シャレムは続ける。
「それはともかく、彼はマスター・レーゼンとは別に、マスター・アーレストにも師事していましたの」
「え?」
「わたくしの祖父ですわ」
「ああ……」
なるほど。
シャレムの家は名家とされているだけあって、常にアトラ・ハシースにマスターを排出してきたことは言うに及ばない。その中にあって、彼女の祖父は枢機会議のメンバーでもあった。
もちろん私はその人物との面識は無い。彼女がこの国にやって来る前に、すでに亡くなっていたからだ。
「……それは知らなかった」
兄弟子であるギルスがシャレムの祖父にも師事していたことについては、私もまったく知らなかったことである。
そもそも兄弟子に対して、ほとんど興味や関心といったものが無かったのだ。自分のことだけで精一杯だった、というのもあるけど。
「まあ、当然でしょう」
「何がだ?」
「あまり表立った関係では無かった、ということですわ。マスター・ラーバーの師はあくまでマスター・レーゼンであるというのが、アトラ・ハシースでは公式のものです。祖父との関係はあくまで秘密、だったのだと思いますわよ」
「……それはいいけど」
それもまた興味の無いことだったので、私はさほど気にすることなく、むしろ別の意味を持って胡乱げにシャレムを見返した。
「話がずれていないか? それとシャラ=イスタとは関係無いだろう」
「大有りですわ」
シャレムは言い切る。
「シャラ=イスタ設立に出資し、今ではその株の大半を所有しているのがアーレスト家です。いずれ兄が継ぐ財産にすぎませんが、わたくしにとっても無縁じゃありませんのよ?」
結局分かったのは、シャレムがシャラ=イスタとは無関係ではなかった、ということだけであった。
曰く、彼女の祖父であるクリストフ・アーレストの後援と梃入れによってなされた事業であり、それに深く関わっていたのがギルス・ラーバーだという。そのため当時の責任者はギルスであり、クリストフはその後ろ盾となって主に資金の提供と、枢機会議での承認を得るべく動いたのだとか。
そのため今もなお、アーレスト家はシャラ=イスタの大株主であり、経営にも深く携わっているのだという。つまりシャラ=イスタはいわば身内であり、その中で起こった事件を看過するわけにはいかないというのが、シャレムの心情なのだろうととりあえず納得することはできた。
彼女がシャラ=イスタについて妙に詳しかったのも頷ける。頷けるのだが……。
「……あの馬鹿」
そう思う。
あれだけ説明しておきながら、最後にはこう言ったのだ。
『――以上ですけれど。改めて忠告しておきますわ。貴女は手をお引きなさい』
笑わせてくれる、と本気で呆れた。
私自身、自分が他人の感情に敏いとは思ってはいない。むしろ鈍感な部類だ。それでもシャラ=イスタについて調べていた自分を見て、シャレムが明らかに気を良くしていたのは分かった。だからこそあれほど饒舌に語りもしたのだと思う。
そして彼女自身、シャラ=イスタが関わっていることを必要以上に気にしているのは間違いない。だからこそ昨日、マスター・レアトリクスにあれほど噛み付きもした。もちろん、生来の性格も大いに作用していたではあろうけれど。
だからてっきりここぞとばかりに高飛車に、傲慢で無茶な命令でもしてくるんじゃないかと思っていたのに。
なのに。
まさか関わるな、とは。
一番らしくない台詞に、とりあえず呆れてしまった私は、何も答えてやらなかった。
彼女がそう言った理由は、冷静に考えれば分からなくはない。万が一今回の事件にアーレスト家が関わっているようなことがあれば、まさしく身内の恥だ。口外されたくないのは当然の気持ちだろう。
それは分かる、が……。
私はかぶりを振る。
いい、別に。
どうせ一人でやるだけだ。
何も変わらない。
「…………っ」
と、唇を噛み締める。
呆れている一方でどこか拗ねている自分に気づき、軽い自己嫌悪を覚えてしまった。
頼ってくると思っていたのに頼られず、それが本当に微かなものであったとしても、久しぶりに不快な棘になってどこかに刺さったらしい。
一言でいえば、不満。
それだけシャレムに対して気を許していたのだろうか。もちろんそんなことは認めないけれど、現実に不快な感情になって湧き出してはいる。
そんなごく微量な感情を、私はすぐに無視することにした。考えるのをやめる。
もともとこういうことで思い悩むのは好きじゃない。
もう……。
「――リーゼちゃん」
たぶん私は相当に剣呑な様子であったのだろう。誰もが声をかけられずにいたみたいだけど、その声だけは当然のように滑り込んできた。
「……カリネ?」
私は現実に引き戻されたように、その名を呼んだ。顔を上げれば、確かによく知る彼女の姿。
「お弁当」
「え?」
「今日は一人で早くに行っちゃったでしょ? お弁当、渡してなかったし」
「ああ……そうか」
そういえばそうだった。
昼食に関しては、ほぼ毎日カリネが手製のものを作って用意してくれている。自分も作ると申し出たことはあったものの、あっさりと却下されてしまった。アトラ・ハシースであることもあり、その任のせいもあって夜は遅い場合が多い。朝は少しでも寝ていろという、カリネの好意である。
「……いつも、甘えてばかりだな」
受け取りながらつい自嘲してしまう。
「どうしたの?」
「ん……いや。少し、私には過ぎたものかな……って」
もちろんカリネのことである。
本心からそう思ったのだが、対するカリネは呆れたようだった。
「――リーゼちゃんて、妹甲斐の無い妹だよね」
「え?」
「だって」
心なしか不満そうに、カリネは続ける。
「こっちが油断してると、何でも自分一人でやっちゃおうとするでしょ? 少しも手がかからない。シャレムちゃんとは大違い」
「いや……居候の身だし」
「私は妹だと思ってるのに」
拗ねたような台詞に、私は表情を曇らせた。
とてもありがたい言葉なのに、素直に受け取れない。受け取れないのには、もちろん理由があるわけで……。
「お姉さん、いるんだよね?」
その理由については、カリネ自身も薄々感づいていたらしい。
「……うん」
私がカリネの家に居候するようになってもうずいぶん経つが、彼女がここに来る以前の話――つまり故郷の家族については、あまり話したことは無かった。それでも姉がいることくらいは、話したこともある。
「凄いお姉さんなんだってね? 前にね、ラゼルさまに聞いたことがあるの」
「マスターに?」
「うん。何でも一度会ったことがあるんだって。リーゼちゃんがここに来たばかりの頃らしいけど」
言われて思い至る。
アトラ・ハシースへと入るにあたって、マスター・レーゼンは一度日本へと――私の実家へと赴いたことがある。その際に姉さまと会っていたのだろう。
だからこそ数年前、それを伝手に姉さまを頼ったのだろうが……。
「別に、大したことない。とっても偉そうなくせに、料理の一つもできないんだから。カリネに比べたら、全然……」
「リーゼちゃんも、とっても偉そうだけど?」
「う」
即座に指摘されて、返す言葉に詰まってしまった。そのつもりはないのだが、周囲にはそう見えるらしい。
「でも私の前じゃ可愛いものね」
う……?
にっこり笑ってそんなことを言うあたり、カリネもそれなりに自負はあるのだろうと勘繰ってしまう。私の近いところにいると。そしてそれは間違いじゃない。
もっとも一方で、それが一番でないことも自覚があるようだった。
「……会いたい?」
「え?」
「お、ね、え、さ、ん」
「べ、別に……」
「んもうっ、素直じゃないのねっ」
「っ!?」
どこかもどかしそうに声にしながら抱きつかれて、目を白黒させてしまった。
「ばっ……みんな見てる……!」
教室内なのだ。
恥ずかしくて身をよじるが、強引に抵抗する気にもなれなくて。
「いいじゃない。今は私がリーゼちゃんを独り占めっ♪」
「〜〜〜〜っ」
結局されるがままになった私は、笑顔でカリネが去った後、教室にいた面々を口止めを兼ねて威嚇する羽目になるのだった。
はあ。
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October
2011.10/20
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 6
「――マスター・ラーバーが?」
確かに聞き知った名だった。
私は更に眉をひそめてしまう。
「そう。彼が実質的な設立の提案者ですから。当時マスターに昇格したばかりの彼が、最初に起こした事業でもあります」
「事業……って?」
僧会におよそ似つかわしく無い表現である。少しずつ自分の頭が混乱していくのを、私は止められなかった。
だんだんわけが分からなくなる。
控え目にいっても私はこの手のことには疎いのだ。それを承知しているからか、シャレムは僅かに微笑み、比較的熱心に説明をしてくれた。
「金策、ですわ」
「金策?」
「ええ。この国――ジュリオンはれっきとした独立国家ではありますが、実のところその予算の大半を隣国のアジェステリアに頼っています」
さすがにそのことは知っている。別に予算といった財政的なものに限らず、その他の公共機関や制度に至るまで、ほぼアジェステリアに依存していることは周知の事実だ。
「現状の予算ではジュリオンという国を維持するには充分ですが、その中にあって一応の非公式であるアトラ・ハシースを維持するには、少々難になってきていた、ということですわね。独自の収入源が必要になっていた、ということです」
「……そのためにシャラ=イスタを?」
「そういうことですわ」
よろしい、とばかりにシャレムは頷いた。
「でも……どうしてマスターが?」
私がマスターと呼んだギルス・ラーバーは、実のところ私とって無関係な人物では無い。一方で、さほど親交があったわけでもないのだけど。
「ギルス・ラーバーとは兄弟弟子だったと記憶していますが?」
「そうだ。でも、そんなに会ったことはない」
「ですわね。マスター・ラーバーがマスター・レーゼンに師事していたのはマスターに昇格する前のことで、リーゼがここに来る前のことですもの。そもそも彼の所属は埋蔵部門ですし、前線に出るあなたとはさほど接点もなかったはずですから」
シャレムの言うように、マスター・ラーバーは私にとっての兄弟子で、同じ師であるマスター・レーゼンに師事していたという経緯がある。
でも私がマスター・レーゼンに師事するようになったのは、彼が引退した後のことで、私の強引な希望を受ける形で僧会に復帰してからだった。その頃マスター・ラーバーはすでにマスターになっており、私と一緒に弟子としていたことは無い。
……それにしても。
「……よく知ってるな?」
すらすらと説明するシャレムへと、私はやや不審げな視線を向けた。
それに応えたのは、小さな吐息。ため息にも聞こえた。
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June
2011.6/23
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 5
「そんなんじゃない」
命令無視の理由を聞かれて、私はかぶりを振った。
「……アトラ・ハシースは別に正義の味方でも弱者の味方でもない。ただ、異端という脅威に対して自然発生的に生まれた人類の感情に一つにすぎないんだ。そんな所にいる私に、そんなものはないから」
「それについては同感ですわね」
……ふうん?
そんな返事に、私は多少なりとも意外に思った。ある意味アトラ・ハシースを否定するような発言に、絶対に反駁があると思ったのだけど。
「何ですの? その顔は」
「……お前が文句を言わないのが気味が悪い」
「またそういう可愛くない言い草を……」
少なからず呆れながらも、彼女は頷いてみせる。
「アトラ・ハシースが正しい存在だとは思っていませんわよ。だとしても、そこにいる者まで正しくないと切り捨てるのは、少々早計かとは思いますけれどね」
「…………」
そんな返事につい押し黙ってしまう。
普段は高慢で沸点が低くて淑女の皮を被った猛獣ではあるものの、冷静な時は時折まともなことを言ってきたりもする。
まあ、一応私も認めてはいる。シャレムのことは。
「……それでも正義感なんかじゃない。ただ、途中で放り出すのが嫌なだけだ」
暗に命令無視を認めた発言をしてやる。
「なるほど」
シャレムはやはり満足げに一つ頷くと、近くの椅子に腰掛けて。
そして語り始めた。
「――シャラ=イスタ。設立は十数年前……ええ、そこに書いてあるように、八十年代後半です。出資したのはウトナピシュティムという名の特殊法人ですわ」
「シャレム……?」
唐突に語り出した内容に、私は正直困惑して眉をひそめた。
何なんだいきなり……?
「いいからお聞きなさいな。ちなみにウトナピシュティムというのはアトラ・ハシース傘下の特殊法人ですが、ご存知でした?」
「……知らない」
「でしょうね。ウトナピシュティム・ジウスドラ・ノア……。この三つの特殊法人は、アトラ・ハシースに関わるものと思って間違いありません。調べてみると意外なところにアトラ・ハシースの影響は及んでいるんですのよ」
確かにアトラ・ハシースが寄生する僧会は、宗教としてはかなりの影響力を持っている。しかしそれとは一線を画すような所でも、その影響力は及んでいるということだろうか。
とはいえ私にしてみれば全く興味の無い分野だけに、無知もいいところであった。
反面シャレムはジュリオンの一員であると同時に貴族でもあるため、政や財・経済界についてもかなり精通しているのは間違いない。
「当時の責任者はギルス・ラーバー。この名前はご存知ですわね?」
あとがき
気づいたら更新がずいぶん飛んでしまいました……。申し訳ないです。
でもその分、製作の方は順調に進んでおりますので!
それにしても最近じめっぽいのにプラス暑いですね……。私の住んでいる地域も少し前にようやく入梅したと思ったら、ずっとこんな天気なもので、まいっちゃいます。
早く梅雨明けして欲しいところですが、その後本格的な夏がくるかと思うとそれはそれで……。
by たれ たれを |
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May
2011.5/27
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 4
■《視点 リーゼ》■
「設立は一九八七年、か。カリネの言っていた通りだな」
学校の図書室に備え付けられたパソコンの前に座り、画面に映る内容に私は目を細めた。
校内は静かで肌寒く、まだ人の気配がほとんど無い。
私がカリネを置いて先に学校に向かったのは、少し調べたいことがあったからだった。学校の図書室にはインターネットに接続できるパソコンが常備されている。あいにく私の家にはネット環境が無かったので、ここを利用するしかなかったというわけだ。
いくつか画面を切り替えて眺めていたけれど、特にこれといった情報を得ることもできずに、小さく吐息する。
私が調べたかったものについては、一応いくつか複数のページに情報はあった。とはいえ当たり障りのない、ごく一般に公開されている程度のものに過ぎなかったことは否めない。
とはいえ当然といえば当然の結果だった。ネットで得られる情報など、たかが知れている。もっとも私にしてみれば全く知らない対象だっただけに、一般的な情報であったとしても無意味ではなかったが。
「……こんな朝早くから何をなさっているのかしら?」
不意に声がして、ぎょっとなった。
背後には、覗き込むようにして腰をかがめていたシャレムの姿。
……この馬鹿。
「……気配を絶って近づくな」
思わず文句を言えば、シャレムはしたり顔でふふんと笑ってみせる。
「それはお互い様ではなくて?」
……む。
日常的に気配を絶って行動してしまうのは、実のところ私も同じだった。職業病、とも言えるかもしれない。
自覚が顔に出てしまったのに気づいて、私は少しだけばつの悪い顔になってそっぽを向いた。
「で、なにをなさっているんです?」
「見れば分かるだろう」
「ぞんざいですわね。まったく……」
ぼやいてみせながら、シャレムはモニタを覗き込んだ。そこに表示されていたのは、シャラ=イスタ製薬の情報。見るなり彼女は笑みを浮かべた。
「今さらこんなものを調べてどういうつもりかしら?」
「……別に。少し気になっただけだ」
素っ気無く答えてやる。
「ふふ……」
「何だ?」
「いえ……。貴方なりの正義感、ですの?」
これまで私たちが追ってきた事件。それはすでにマスター・ローレッドの命によって手を引いたことになっている。私もまたそれを承服した。
にもかかわらず、その事件において重要な情報と思われるシャラ=イスタについて私が調べていたということに、シャレムがどう思ったのかは分からない。でもどこか満足したような顔つきに、何となく不愉快になる。
あとがき
あちこち梅雨入りしてきましたね。うちのある場所はまだのようですが、それもあとちょっと、かな。
製作はぼちぼち進行中。そんなわけで、こっちのノベルが更新遅れ気味になってますね。何とかせねば。
ゲームが完成するまでにはこっちも完結させないとなあ…。
by たれ たれを |
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2011.5/13
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 3
■《視点 シャレム》■
「――お嬢様、お目覚めを。もう朝にございますよ」
多少、いつもより切迫したような声に、ぼんやりとわたくしは目を覚ました。
「…………」
思考がはっきりしない。目覚めが悪い。嫌な夢でも見ていたような後味の悪さが残っている。……何を見ていたかなど、もはや片鱗も覚えていないけれど。
「今……起きますわ」
家政婦にどうにか答えて、身を起こす。
やはり頭がうまく働かない。昨夜は比較的早く寝床に着いたというのに。
「おはようございます、お嬢様。朝食のご用意はできておりますので、お支度が出来次第、いつでも」
「……ええ」
頷けば、長年アーレスト家に仕えている家政婦は慇懃に頭を下げて、部屋から出て行った。
一人残されたわたくしはのろのろと起き上がり、何気なく時計を見る。
普段よりも多少遅い起床だが、まだ時間に余裕はあった。朝はなるべく早く起きるよう心がけているからだ。
窓の傍まで歩み、外を眺めると、屋敷の門に当たる場所に小さな人影があって、こちらに向かってぷらぷらと手を振っているのが目に入った。気づいたらしい。
「……カリネ?」
大きな屋敷だけに、この部屋から門まではそれなりに距離がある。にも関わらず、わたくしはもちろんカリネもお互いに認識できていた。
わたくしの幼馴染であり親友であるカリネは、毎日通学の際に迎えにきてくれる。とはいえ今日はずいぶん早いみたいだったけれど。
わたくしにしてもカリネにしても、住んでいる場所はジュリオン市国内であるが、通っている学校は隣国のアジェステリアだ。距離的に大した距離ではないとはいえ、歩いて通える距離でもない。
ジュリオンにも学校はあるが、宗教学校であり、それを嫌って普通の学校に通う者も少なくない。カリネもその一人であり、彼女の進学に際して同じ学校を選んだのはわたくしの判断だった。一応反対されたものの、無視した。
カリネは毎日迎えに来てくれる。これは彼女の好意でもあるし、それ以上にわたくしがが提案したことでもあった。わたくしは通学に際して、運転手付きの自家用車を利用している。どうせなのだから、一緒に行こう、ともちかけたのだ。
でもしばらくして問題が発生した。問題というのは、カリネと一緒に住んでいるリーゼである。彼女も当然のごとくカリネと同じ学校に通うことになったのだが、当初あっさりとわたくしとの同行を拒否したのである。
もちろんわたくしもお断りだったのだけれど、それで困ってしまったのがカリネであり、わたくし達の間で板挟みなってしまったことで、結局リーゼが折れることになったのだった。
そういうわけで三人一緒に登校しているわけである。もっとも今日はカリネだけでリーゼの姿は無いようだった。
あぁもう……。
昨日のことを思い出して、少しだけ後悔する。
少し、言い過ぎてしまったかもしれない。感情的になりすぎたのは、どうしようもないとはいえ認めるところだ。
さすがに……嫌われてしまったのだろうか。
昨日は別れ際に嫌いじゃないと言われた。
でも……。
「っ……。わたくしとしたことが、あんな小娘のことで思い悩むなんて」
屈辱だ、と敢えて唇を噛み締める。
「どうでもいいですわ」
ふん、と鼻をならして。
カリネを中で待たすよう指示するために、わたくしは家政婦を呼び出した。
あとがき
GW前にひいた風邪が今もまだ引きずっていて……。とりあえず咳がとまらないんですねえ。それ以外はまったく問題ないんですが。
そういえば去年もちょうど同じ頃に風邪をひいて、体調その他は治ったにも関わらず、咳だけがとまらないといった日々が続いたわけでして。どうやらその時と同じようです。
どうもこの時季になると風邪をひきやすくなるみたいですね。ううむ。
by たれ たれを |
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April
2011.4/30
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 2
そして最後がネレアの書と呼ばれるものだ。
歴代最高の咒法士と呼ばれたネレア・ラルティーヌが残した遺書といわれており、アトラ・ハシースの埋蔵第四層に保管されているという。
そこには彼女が生涯で得た知識が記されているとされているが、実際にはたった一枚の紙切れでしかない。たった一言、恨みが綴られた文章。
「そなたは第四層に入ったことがあったな」
「……は。マスター・レーゼンに一度だけ」
「では、ネレアの書は見たか?」
「はい。ですがあれは」
そこで老人はまた笑う。
「そうだそうだ。あれは真実ネレアの遺書に違いないが、何の意味も無いものだ。もっとも大半の者が、あれを真実の書と思い研究に没頭してきたようだが、所詮はただの紙切れ。何がでようはずもあるまい」
老人の言うように、第四層に保管されているネレアの書は、真実その書を知っている者からすればいいダミーだった。
ネレアの知識を引き出すことができるというネレアの書は、確かに存在する。
青年はそれを実際に見たことがあった。最初それを見た時、硝子の破片にしか見えなかった。後でそれが手のひらに収まるサイズの珠が砕けたものであると分かったが。
かつては綺麗な球状の珠であったそれは、何者かによって破壊されたらしい。にも関わらずそれを所持していた老人の先達は、代々後生大事に保管し、伝えてきたのである。
千年も伝わってきたからには意味がある、そう考えた老人はずっとそれを研究してきた。そしてその破片から断片的にであるが、アトラ・ハシースの埋蔵第四層に匹敵する知識を引き出すことができると分かったのである。しかも第四層のものに比べ、遥かに分かりやすく鮮明に、だ。
かつて老人は歓喜し、破片を使って様々な実験を試みてきた。しかし問題もあった。
破砕されているためか、元々からそうなのか、誰にでも使えるものではなかったということだ。相性とでもいうのか、何かしらの波長の合う者でなければ全く使えないのである。そして更に厄介なことに、これを使用し過ぎると精神崩壊を起こし、廃人となってしまうのだ。
「……まあ良い。どちらにせよ、D計画はしばらく凍結せざるを得まい。さすがにラゼルめも何か勘付いてきたようだからな」
「マスター・レーゼンならば、私が」
「ふふ、やめておけ。あれでなかなか侮れぬ男ぞ」
「は……」
「とはいえわしにはもう、あまり時間もなかろう。後は任す」
疲れたように息を吐き出す老人。
「ですが」
「よきにせよ。最期にそなたのマスター昇格を、枢機会議で通しておく。それで多少はやりやすくもなろう」
「……ありがとうございます」
「では行け」
…………。
あとがき
う〜、風邪ひきました…。
すぐに治ると思っていたのですが、意外に長引いて困っております。
風邪の諸症状はほとんで出ている感じですが、熱だけは今のところないのでどうにか助かっている、といったところです。
しかし……なかなかよくなりませんねえ。くそう。
by たれ たれを |
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2011.4/22
『黒衣ノ業』 第二章 疑惑と疑念 1
■《視点 三人称》■
…………
「十年待ってみたが」
そこは薄暗い部屋だった。
そんな陰気な部屋に、どこか物憂げな声が響く。
男のものだ。低く、齢を感じさせる声。実際その声の主は、七十を越えようとしていた。
「唯一の成功例だと思っていた者は、成功ではなかったようだな」
「まだ、わかりませんが」
「失敗だ。今この時期を越えてしまえば、例えその後引き出せるようになったとしても、真に理解することは叶わぬぞ。すでに十歳……遅過ぎるともいえる」
「…………」
部屋にいた二人の男――その片方は、まだ若い男だった。三十代半ばといったところだろうか。
どちらもが赤い僧衣を纏っている。この国において僧会と呼ばれる者の中で、特にアトラ・ハシースとされる者が着用を許されている色だ。
「……マスター。そもそもそのネレアの書とは、真実のものなのでしょうか」
今さらこんなことを聞くのは馬鹿げているが、それでも稀にそんな疑念が湧き上がってきてしまう。
対して老人は嗤った。
「真実のものであろうよ。少なくとも、ただの石コロでないことだけは、な」
「…………」
アトラ・ハシースとは、長い歴史を持つ組織である。創立は千年以上も前に遡り、その間に蓄えられた知識や技術は、途方も無く多い。
中には単に知識として残っているものもあれば、実際に物として残っているものもある。その中にあって、特に禁忌とされている物が三つ、アトラ・ハシースには存在していた。
一つは氷涙の剣。アルレシアルと呼ばれている氷の剣で、アトラ・ハシースの本拠であるジュリオン大聖堂に最下層に突き刺さっている。三つの中では最も古いものとされている。
これ自体が呪いの塊のようなものにも関わらず、この剣はある存在をその呪いでもって封印していた。実際に封印されているものが何であるか、知っている者はほんの僅かである。老人は見たことはあったが、その正体を知ることは叶わなかった。
一説では伝説の千年ドラゴンとも云われているが、確たる証拠は何もない。
何にせよその剣を引き抜くことなどできるわけもなく、触れることはおろか近寄ることすらできず、大聖堂の最下層はただただ危険な領域と化してしまっていた。
もう一つは死神の鎌。タルキュートスと呼ばれている。
千年前の死神が持っていたとされる武器で、ゴルディオスと呼ばれる禁咒のオリジナルである。原理崩壊式咒という非常に危険な効力を持っているものの、存在力の低い者が持っても意味を為さない代物で、かつて何本かそのコピーが作られはしたが、ほとんど使用されることなく現在では各地に散逸してしまっていた。
オリジナルである死神の鎌は、アトラ・ハシースではなくレーゼン家が代々封印管理を担っており、その所在はかの家の当主しか知らないという。
非常に貴重な一品であるものの、常人には全く使えないものであるため、個人が管理を許されている珍しい例でもある。
あとがき
こちらではようやく桜が満開です。
何ていうか、遅れてますねえ……。田舎住まいなものでして、むかしからTV番組の一部は一週間遅れが当たり前、でしたが、桜も二・三週間遅れとは。
桜が咲くと、毎年必ず写真を撮って歩くのが習慣になってますが、あちこち歩いていると残雪があったりして驚きでした。家の庭にあった雪は、数日前にようやく消滅したんですが、場所によってはまだ残っていたとは。大雪でしたからねえ…。
by たれ たれを |
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2011.4/9
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 18
「……姉さま、か」
私はクリストという姓を名乗っているものの、元々この家の人間ではない。実家を飛び出し、有名だったアトラ・ハシースへとやって来たのは私が九歳の時の話だ。
当時名の知れたレーゼン家の当主の門を叩き、必死に頼み込んでその弟子にしてもらった。しかし九歳という年齢はまだ幼く、当主であったラゼルは自分は技術を教えても養育はできないと言い、レーゼン家の家令であるロイド・クリストにその身を預けたのである。
今思い出せばすいぶんな無茶をしたものである。
もちろん私に否応などあるはずもなく、それからクリスト家で育てられることになった。その際におじさまにつけてもらったのが、リーゼという名前である。
後から知ったことだが、その名前はカリネの姉だった人物の名前らしく、すでに他界してこの世にはいない。
おじさまが私を預かってくれて、その名前をつけたのはその辺りにも原因があるのだろうが、私自身は深く聞くつもりはなかったし、おじさまから語られることもなかった。
理由は何であれ、どこの誰とも分からない自分のことを、おじさまとカリネは随分良くしてくれている。
特にカリネは、本当に姉のように接してくれた。
普段から優しくて、料理がとても上手で。
それでも私はカリネのことを姉と呼んだことは無い。
いつも冷たいくらいに厳しくて、料理がどうしようもなくできなくて。
それでもでたらめのように強い姉。
私にとって、姉さまは唯一だったから。
「…………いつまで私は」
少し情けなく思いながら、私は苦く笑う。
こんなことを考えているとどんどん陰気になっていくので、無理やり話題を変えることにした。
「なあカリネ」
「ん、なあに?」
「シャラ=イスタって、知っているか?」
ただ本当に何気なく、そう聞けば。
「え……」
息を呑むような気配が伝わってきて、逆に私の方が戸惑ってしまった。
「どうかしたのか……?」
「え、なに?」
「だから、シャラ=イスタっていう薬の会社の話」
「あ、うん。知ってるよ」
すぐにもいつもの表情に戻って、カリネは頷いた。
気のせいか……?
「アジェステリアに本社がある製薬会社でしょ?」
「らしいとは聞いた。昔からあるのか?」
「そんなに古くは……なかったと思うよ。あ、でも私が生まれる前だと思うから、そうでもないかな。ここからそんなに遠くない場所だし、大きな会社だから、みんな知ってるよ」
「そうか」
ちなみに自分は知らなかったわけで、少し恥ずかしく思う。
シャレムにも言われたが、興味の無いことにはとことん興味が無いのは事実だ。実際この国に来てからの八年ほどは、ほとんどアトラ・ハシースでの修練に費やしていて、それ以外は何もしていなかったとも言えなくない。一応人並みに学校に通ってはいたものの、友人を作って遊ぶということもあまり無かった。
「製薬会社だっていうけど、何を作ってるんだ?」
「さあ……? さすがにそこまでは知らないよ」
「そう……だな」
それもそうか。
頷くと、今度はカリネが不思議そうに首を傾げてみせる。
「どうしたの? 急にそんなこと聞いて」
「……いや。なんでもないんだ」
カリネはもちろん、例え家族であろうと、アトラ・ハシースでの仕事の話をすることは禁止されている。
だから私はそうとだけ答えて。
夕食ができるまでの僅かな時間を、まどろみに身を任すことにした。
あとがき
どうにか第一章が終了です。
意外に時間がかかったなあ……。
by たれ たれを |
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2011.4/1
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 17
後ろから声が響いた。リーゼが追いついてきたらしい。……ふん。
「何ですの?」
振り返りもせずに、聞き返す。そんな様子に、背後からはため息の気配。
……なによ、その態度。
恐れも躊躇いもなく、わたくしに批判や反抗してくる少女。それが格下の無礼な言であったのならば、わたくしは容赦無く踏み躙っていただろう。しかしリーゼには自分に劣らないだけの実力があった。あると、そう認識している。
だから今回初めてリーゼと組むことになり、その実力を垣間見るためのいい機会だったのだ。なのに……。
「貴女とのコンビは解消になったはずですわ。もう馴れ馴れしく呼ばないで下さいます?」
つい刺々しい台詞を吐き出してしまう。
彼女の足音はどんどん近づいてくる。
「お前が私をどう思うと勝手だけど」
追い抜きざまに。
「私は別に、お前のそんな性格は嫌いじゃない」
「――――」
そんな風に言われて。
不意打ちだった。
見ればもう、リーゼの背中しか見えない。
どんどん先に行ってしまう。
「っ……」
わたくしはどうしようもなく、唇を噛み締めた。
■《視点 リーゼ》■
「ただいま」
夜になって。
「おかえりなさい、リーゼちゃん」
家に戻った私を出迎えてくれたのは、いつも笑顔を絶やさないカリネだった。
「今日は早かったのね。お仕事はもういいの?」
「うん……。もう終わったから」
上着を受け取ってくれたカリネへと、曖昧に頷く。
「おじさまは?」
「父さんならまだお仕事」
「そうか」
居間のソファに腰を落ち着けて、私は少し疲れたように息を吐き出した。
「ごはんはまだでしょ?」
「うん」
「じゃあ作るから。待っててね」
夕食の準備はしてあったらしく、カリネは手際良く食事の用意を進めていく。そんな彼女の様子を眺めながら、本当にいいひとだと今さらのように思う。
カリネ・クリスト。
私が住み込んでいるクリスト家の次女で、一応姉のような存在だ
あとがき
本日はエイプリルフール、でした。
けれどいつも通り、企画っぽいものは何にも無しであります。
by たれ たれを |
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March
2011.3/29
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 16
■《視点 シャレム》■
カツカツと響くような足音を立てて、聖堂の地下に作られている狭い廊下をわたくしは突き進んでいった。
どうにも腹立たしく、我慢ならない。
今回の任を外されたことがその最たるものであるが、リーゼがそのことに関して少しも不満を言わなかったことが、余計に癇に障った。
所詮は他の者と同じなのか、と落胆さえした。
少し思い返してみる。
これまでわたくしとコンビを組んだ者は少なからずいる。でも大抵がわたくしの言いなりだった。実際わたくしは優秀だし、ミスなどしたことも無い。だから当然だと思っていたし、事実これまでは何の問題も無くやってこれた。
そんなわたくしが唯一、どうしようもなく気になった相手がいる。もちろんリーゼのことだ。名家出身で貴族の自分とは違い、どこの馬の骨とも知れない異国の少女。引退していたマスター・レーゼンが彼女を弟子にすると通達した時も、何だこの生意気そうな小娘はとしか思わなかった。……実際、とても生意気で。
それでも最初は歯牙にもかけなかったというのに、その後彼女は地味に頭角を表わしていったのである。
そして気づいてみれば、いつの間にやら自分と同じ、アージェントという地位にまで上り詰めていた。
若干十七歳。これはわたくしがアージェントに昇格した時の年齢よりも、半年ほど早い。
さすがに焦ってしまった。
現在アトラ・ハシースにおける若い世代の中で、文句無しにトップにいるのは天才と呼ばれているわたくしの兄であるウルクス・アーレストで、最年少でマスターとなっている。わたくしもまた、その兄に続く勢いだったというのに、そこに割り込んできたのがリーゼだったのである。
いつの間にやら背後に迫っていて、気づけば抜かれている――そんな未来を想像して、さすがに戦慄した。
このままでは最年少マスターの記録すら塗り替えかねない。そんなリーゼの存在を改めて認識した途端、これまでくすぶっていた対抗心が激しく燃えることになったことは否めない。
自分のことは、まあ……構わない。不快ではあるけれど、まだいい。そもそもわたくしはアトラ・ハシースでの地位にはさほど興味が無かった。しかし敬愛する兄を追い越そうとすることに関してだけは、傍観しているわけにはいかなかった。
かといって単純にリーゼを邪魔するというのは、わたくしの誇りが許さないし、何よりそんな発想すら浮かびはしなかった。だからわたくしが決心したのは、リーゼよりも早くマスターに昇格すること。だからこそこんな所で任を外されるなどという汚点を残すことは、耐え難かった。
だっていうのに。
「――シャレム」
あとがき
まずいっ。
もう三月が終わってしまう……!
by たれ たれを |
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2011.3/21
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 15
■《視点 三人称》■
「リーゼ・クリスト、か……」
二人が出て行った後、残されたウルクスが何気なくつぶやいたのを聞いて、ジークリンデは小首を傾げる。
「彼女が、何か?」
「いえ……。あの妹がほとんど唯一、このアトラ・ハシースの中で意識している相手ですからね。ここへ来た経緯も不明なところもありますし、いったい何者なのかと気になるわけです」
「マスター・レーゼンの秘蔵っ子でしょう」
それは当時、それなりに噂になったことでもあった。
枢機会議の一員でもあり、当時としては最高ともいわれた実力者であったラゼル・レーゼン。彼はギルス・ラーバーという弟子を最後に聖界から退いていたにも関わらず、ある時一人の異国の少女を弟子として育てると宣言し、復帰したのだった。
レーゼン家はアーレスト家と並ぶ、アトラ・ハシースの名家の一つであり、その当主であったレーゼンに見出された少女ということで、リーゼの存在は一時噂になったのである。
「ところがそのマスター・レーゼンは数年前から行方不明です。しかもその足取りは、彼女の故国で途切れていますからね。ミス・クリストと関係があるのか無いのか……」
「そのようなことは分かりかねます」
「そうですね。我々のような者は、いつどこで何があってもおかしくありませんからね……」
ウルクスは一人で頷き、一歩下がって一礼する。
「シャレムのことに関しては、またよく言って聞かせておきます。この度は手間をおかけしました」
もう一度謝罪し、そのまま立ち去ろうとしたところで、彼は何か思い出したように足を止めた。
「――申し訳ありません。もう一つだけ、よろしいですか?」
「なんでしょう?」
表情も変えず、ジークリンデは先を促す。
充分に言葉を選んでから、ウルクスは言った。
「今回、マスター・ローレッドより伝言を預かったのは私だけだと思っていましたが……。マスターが、枢機会議のあなたにも後任をされていたとは意外でした」
あとがき
この時季は恒例の人事異動の季節なわけでして。
今年も戦々恐々としていたわけですが、どうにか何事も起きませんでした。前回異動になってからまだ半年ですからねえ……。でも前回私と同じ時期に異動してきた同僚が、今回旅立つことに。
半年に一回あるってのも何ですが、ちょっと頻繁に異動させすぎじゃないかと思うんですけどねえ……うちの会社。
とりあえず私はあと半年くらいは安心してられそうです。
by たれ たれを |
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2011.3/13
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 14
思わず出かけた言葉を呑み込んで、シャレムは青年を前に何とも複雑な表情になった。
私も新たにやってきた青年に対して、無言のまま軽く礼をする。
彼はウルクス・アーレストといい、最年少でマスターになった経歴を持つ、シャレムの兄だ。
「どうしてこちらに……?」
「君が騒いでいるだろうと思ってね。案の定か」
「……っ。ですが、それは……」
目に見えて、シャレムは困った様子になった。
今回のことに不満はある。しでもその不満を文句として、この兄にだけは言えないのだのだろう。
彼女の唯一ともいえる、泣き所――それが兄のマスター・アーレストだった。
「今回君達が外されたのは、まだその立場にないからだよ。忍ぶことも覚えなさい。そもそも貴族というものは、その矜持で他者に忍ばせる存在でもあるからね。それを理解することも大切だ」
優しく、諭すように言われて。
「…………はい。申し訳ありませんでした」
項垂れるように、シャレムは首肯した。
何ていうか、妹とは対照的な兄である。カリネに対してもそうだけど、兄に対してもシャレムはとことん弱い。
それを見て満足そうに頷くと、マスター・アーレストは振り返ってマスター・レアトリクスへと頭を下げる。
「シャレム・アーレストの非礼、できることならば私に免じて目を瞑っていただきたく」
「構いませんよ。問題はありません。あるとすれば、彼女たちが承服していただけるのかどうか、それだけです」
そう言って、マスター・レアトリクスはさりげなく私に視線を走らせた。
「…………?」
なんだ?
ほんの僅かな一瞥に、確かに違和感を覚えた。
明らかに、妙な一瞬だった。
それをはっきりとした疑問として思う前に、傍らのシャレムが荒々しく踵を返す。
「――しろ、とおっしゃるのならばそういたしますわ。では失礼を」
背を向けたまま、視線を合わす余地すら与えず一方的に告げると、彼女はそのまま出口に向かって歩き出してしまう。
これ以上兄の前にはいられない、か……。
「あなたはどうですか? リーゼ・クリスト」
シャレムの態度など全く気にした様子も無く、マスター・レアトリクスに問われて、私は部屋を出て行ったシャレムに視線を送りながら小さく頷いてみせた。
「一応、先任のアージェントは彼女です。彼女がそう決めたのならば、私も従う」
「そうですか」
「……すまないね、ミス・クリスト。あの子と一緒では君も大変だっただろう?」
気遣うような言葉を、苦笑と共にマスター・アーレストにかけられて、私もつい苦笑をこぼしてしまった。
「……いえ。それでは」
簡潔に答え、私ははすぐに部屋を後にした。
とりあえず、シャレムに一言言ってやらないと。
あとがき
東北で起こった地震・津波の被害が甚大であったことに驚いています。
また同じ原発のある県に住む者として、他人事ではない事態でもあります。
しかしまずは現地での救助、支援が迅速に行われること、またこれ以上の被害の拡大が抑えられることを祈っています。
by たれ たれを |
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February
2011.2/27
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 13
元々プライドの高い少女である。理不尽と感じることには、例え相手が誰であろうと折れないのが彼女の信条なのだろう。
「その必要はありません。この件に関しては、枢機会議がすでにマスター・ローレッドに許可していることでもあります。その際に今件に関する説明は、あなた方二人には不要という判断にいたっています」
「だからといって……!」
どんな言葉でももはや納得しそうにないシャレムの隣で、私はマスターの言葉に眉をひそめていた。
彼女の言った枢機会議とは、アトラ・ハシースの最高意思決定機関である。アトラ・ハシースの意思決定は時代によって変わっているものの、現在はかつてのような個人への権力の集中は行われておらず、マスターの中より選ばれた十人ほどの枢機会議と呼ばれるメンバーによって為されている。
マスター・レアトリクスもその中の一人であるが、実際に枢機会議が機能するようなことは滅多に無いって聞いている。余程のことでも起きない限り。
つまり今回の件は、枢機会議が動かなければならないほどのことだったということだろうか。
だとすれば、自分達に情報すら降りてこないのも理解できるが……。
ずいぶんきな臭いな……これは。
「シャレム、いい加減にしろ」
抗議を続ける同僚に、私は鋭く叱責した。
「どうせどうにもならない。無意味に叫んでもうるさいだけだ」
「リーゼ! あなたには誇りはないのですか!? 見損ないましたわ……!!」
珍しく――本当に珍しく本気で声を荒げて、シャレムはこっちを睨みつけてきた。
普段以上の威圧をみせる彼女を前に、私も真っ向からそれを受け止めた。どうせ、捌け口は必要だ。面倒くさいけど、仕方が無い。
「所詮、あなたもただの飼い犬ということでしたのね。このような理不尽なことを前に憤ることもできず、ただ甘受することしかできないなど、あなたにどこかで期待していたわたくしが愚かであったということでしょう――……。よろしいですわ。ちょうどいいことです。あなたとのコンビもこれで解消ということになりますし、せいせいしますわ!」
まくしたてるシャレムへと言葉を返したのは、黙って聞いていた私でもマスター・レアトリクスでもなかった。
「――やめなさい」
落ち着いた、男の声。
「…………っ!?」
その青年の声に、シャレムは息を呑んだ。
三人の元に新たに現れたのは、二十代くらいの青年で、やはり私たちと同じようにアトラ・ハシースの僧衣を身につけている。
「お兄――……マスター・アーレスト」
あとがき
あっという間に二月も終わりですねえ……。
少し暖かい日も出てきて、ようやく春っぽくなってきました。
あのぽかぽか陽気が待ち遠しいです。
by たれ たれを |
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2011.2/21
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 12
「――以上が、昨夜までの経緯ですわ。マスター」
シャレムの声に、リーゼは意識を引き戻す。どうやら報告は終わったらしい。
「なるほど。よくわかりました。ではあなたたちの任務はここまでです。後日、文章にまとめて提出を」
「……え?」
あまりにもあっさりとしたマスター・レアトリクスの言葉に、私は耳を疑った。
「どういう――ことですの? ここまで、とは?」
それはシャレムも同じだったようで、どこかぽかんとしてしまっている。
「言葉通りの意味ですよ」
淡々と、マスター・レアトリクスは告げる。
言葉通りって……それは今回の事件の捜査から、私たちが下ろされたとしか、受け取ることができない。
まだ何も解決していないっていうのに。
「納得いきませんわ!」
すぐにも噛み付いたのはシャレムだった。
「人を襲っていたと思しきモノは、確かに二体、処理いたしましたわ。けれどもそれで全てと決まったわけでもなく、何より彼らは状況的に元人間とみて間違いないでしょう。そうなった原因、経緯が未だ不明だというのに、ここでやめろとおっしゃるのですか?」
「そう聞こえませんでしたか?」
あまりに冷徹に響くマスター・レアトリクスの答えに、さすがのシャレムも押し黙ってしまう。それでもその面はどうしようもなく、不満で一杯だった。
そんなシャレムの横顔を一瞥してから、努めて冷静に私は聞いてみる。
「マスター・ローレッドの伝言というのは?」
「リーゼ! 貴女はこのまま承知なさると言うの!?」
「いいから黙っていろ。たぶん――」
「察しかいいですね。リーゼ・クリスト」
こくりと、マスター・レアトリクスは頷く。
「これはマスターの決定です。あなた方二人を任務から外すと」
「っな……」
やはり、と思った。でも対照的にシャレムは怒りでみるみる顔が赤くなっていく。
ひどい屈辱だと、そう受け取ったのだろう。
一度与えられた任務を途中で外されるなど、よほど不適格と思われた場合にしかあり得ない。少なくともこれまで、そういった経験など一度だって無かったはずだ。
もっともそれは私だって同じことで、容易に納得できない部分は多分にあったものの、隣でシャレムが代わりに怒ってくれているせいか、多少なりとも冷静に考えることができていた。
どうして外されなければならないのか――やはり気になるのはそこだ。
「……納得できる説明を聞かせていただけるのかしら」
全身から不快感を立ち昇らせて、ほとんど睨みつけるようにして尋ねるシャレムの態度は、もはや上司に対するものではなくなっていた。
あとがき
ちょこちょこと次回作のシナリオを書いているんですが、今回もまた長くなりそうな予感。
草案を作った時点である程度わかってはいたのですが、実際に書いてみると長々と……。
何とかして今年中に書き終りたいものです。
by たれ たれを |
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2011.2/15
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 11
「マスターは所用で席を外しています。ですから私が代理で参りました。あと、彼からの伝言も承っていますので、最後に伝えましょう」
「わかりました」
私は頷くと、シャレムへとさりげなく視線を走らせてやった。好きに報告しろ、との意味は伝わったようで、シャレムは当然とばかりにこれまでの経緯を説明し始めた。
事件が報告されたのは、十日ほど前に遡る。
アジェステリアで発見された他殺体。まずは警察が動き、検証と捜査を開始したが、とにかく異様な死体だった。
一言でいえば、何かに食い殺されていたのだ。問題は何に、である。
そうしているうちに、二日と経たずに同じ死体が発見された。今度は二体。死因は多量の出血による失血死だろうが、相変わらず死体はひどい有様だった。
そして三件目。これは目撃証言が得られた。人が人を食ってる――そんな証言に、ようやく僧会のアトラ・ハシースへと地元警察から事態の説明と、捜査協力が要請されたのである。
人が人を食べる――これは世界的にみても禁忌とされることの一つであり、明らかに異端とされる行為だ。
歴史上、そういった行為が多数あったことは事実ではあるものの、それを認めている所などもはや存在しない。アトラ・ハシースとして動くには充分な理由ではあったが、それでも不思議なことに妙に対応が早かったのだ。少なくとも私はそう思っている。
少なくともあの段階では状況証拠と目撃証言しかなく、実際に動くのはもう少し警察が精査した後でも問題無かったはずである。もちろん、連夜のように犠牲者が出ていることを憂慮したためとも取れるが……。
それでも経験が豊富で有能なマスターであり、何かと忙しいザイン・ローレッドが最初から主導でするほどのものとも思えなかった。しかもその命を直接実行するために選ばれたのが私とシャレムというのだから、また首を傾げてしまう。
私は十七でシャレムは十八という年齢であるものの、アトラ・ハシースにおける階位はアージェント第二位であり、マスターを除けばトップレベルに位置する秀才だ。マスターの中ですら、オーア第一位や第二位といった階位をもってマスターになっていないものの方が多く、単純な実力では私たちはアトラ・ハシースの中でも群を抜いているといえる。
通常、同じ階位の者が組むということは滅多に無い。ある程度上位関係を明確にしておいた方が、行動しやすいという面があるからだ。しかし今回はどういうわけか私たちが選ばれたのである。ちなみにこれまで私たちが組んだ経験は一度も無く、実のところお互いに相手の実力を知らなくもあった。
そういうこともあってか、どうやらシャレムにはもの凄く意識されているようで、随時視線が突き刺さってくるのを感じてしまう。それはまあいいとしても、一方で自分はどうなのかと思ってしまう。あまり気にしないようにしているものの、やっぱりシャレムの実力に関しては気になっているのだろうか。
……よく分からない、と思う。
自分は強くなりたいと思ってきたし、ずっとそのために努力を欠かさなかった。目標だってある。むしろその目標しか見えていない自分に、時折何ともいえない気分になることもあるけれど……。
あとがき
雪は意外に積もらなくて、何てことはなくてよかったですね。
このまま消えてくれれば……。
by たれ たれを |
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2011.2/11
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 10
アトラ・ハシースと呼ばれるものがある。
これは連邦においての最大宗教である僧会″に存在する、ある組織の名称である。その本拠はジュリオン市国であり、国外においてもそれなりに有名な名前だ。
そのジュリオン市国において最大の建築物であるジュリオン大聖堂。増改築を繰り返しているものの、千数百年前からの威容をそのまま残した、歴史ある建築物である。
その最奥――余人には立ち入ることのできないその場所に、私ともう一人の姿があった。同行人はシャレムである。
「相も変わらず陰気な場所ですこと」
「陽気な聖堂なんて聞いたことがない」
私もシャレムも共に赤い僧衣を身につけていたが、これは僧会の中でもアトラ・ハシースのみに許された色だ。
アトラ・ハシースとは僧会内の機関の一つであるが、現在では秘密結社という形が一番適当かもしれない。
創立されたのは今から千数百年前で、この聖堂が建つ少し前のことだとか。創立目的は、当時急激にその数を増やしていた異端者と呼ばれる存在に対抗するためと伝わっており、今でも尚、その目的を至上としていることは間違いない。
しかし実際には異端と呼ばれる存在は千年前にほぼ駆逐されており、かつてアトラ・ハシースが誇った圧倒的な権力も、今となっては昔のこととなっていた。
それでも世界規模で見て、異端に対する組織としてここまでの規模と精鋭を誇っているのは他に例が無く、衰えたとはいえその力は侮れないものがあるのは事実である。
私もシャレムも共にアトラ・ハシースに所属しており、また昨夜のことも、このアトラ・ハシースより与えられた仕事だった。
「お待たせをしました」
一室に待つ私たちの元にやってきたのは、背の高い妙齢の女性だった。
「いえ、マスター・レアトリクス」
私は背筋を伸ばし、一方のシャレムは優雅に一礼して挨拶をする。
……?
表情こそ変えなかったものの、私とシャレムはお互いにさりげなく視線を交錯させた。
「あの、マスター・ローレッドはいかがされたのです?」
最初に疑問を口にしたのはシャレムだった。
今回の任務を私たちに指示したのはザイン・ローレッドという人物であり、アトラ・ハシースのマスターの一人である。報告は彼にするものばかりと思っていたのだが、実際にやってきたのはジークリンデ・レアトリクスという別のマスターだった。つまり、目の前の女性である。
この年齢不詳の女性は私がアトラ・ハシースに入った時からマスターであるが、少しも歳をとった様子が無く、いったい何者なんだとささやかれている人物でもあった。
とはいえこのアトラ・ハシースには妖しい技が多数収められている場所でもあり、非常識なことが往々にしてあるので、そこまでおかしなことでもないのかもしれないが……。
あとがき
一週間ほど雪が降りやんで、少し積もった雪も溶けてきたところですが、明日からまたどかっと振るそうな。
今年の冬は大雪だなあ……。
by たれ たれを |
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2011.2/9
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 9
「あまりリーゼちゃんをいじめないでと言ってるでしょ! それに学校で騒ぐのも禁止って!」
「わ、わたくしは別に……その」
「……私も別にいじめられてないぞ」
私もシャレムもカリネと呼ばれた少女の言葉に不満はあったけれど、面と向かって文句を言うつもりなどまったくなくて。小さくつぶやくだけにとどめてしまう。
校内で何かと有名なシャレムが頭の上がらない相手――それがこのカリネ・クリストという少女だった。……ちなみに私もそうだったりする。
私たちにとってどういう相手かといえば、同居人であり姉であり、シャレムにとっては自分の従者を公言する相手でもある。
「……ごめんなさいね、リーゼちゃん。私がちょっと目を離した隙にいなくなっちゃって……」
「あ、うん……いい。シャレムは野良猫よりタチが悪いから、カリネのせいじゃない」
「なんですってーっ!?」
「ほらほら行くよ、シャレムちゃん」
声を荒げたシャレムを引きずりながら、カリネは手を振り笑顔で教室から出ていった。
はあ……。なんか疲れた。
ようやく静かになった教室で、ため息を一つ吐いて。
眠たげに、私はぼんやりと窓の外を見やった。
あとがき
更新しなきゃっ。
by たれ たれを |
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2011.2/2
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 8
「後始末をしろと言ったのは誰だ?」
「それとこれとどう関係あるというんですの?」
「どうって」
さすがにその言葉には、私も呆れてしまった。
昨夜の後始末――それを任されたのは私であるが、実際一人でやったわけじゃない。私やシャレムの所属するとある組織に連絡し、人員を派遣してもらった上でしかるべき処理をしてもらったのだ。その過程で事態の報告をしたことは、当然といえば当然の成り行きである。
そんなことは考えるまでもなく、シャレムも分かっているはずなに……分かった上で、文句を言っているというわけか。だとすれば、正論で返したところで無意味ということだ。まったく……。
貴族根性とでもいうのか、難儀なことである。
「……いったい何が不満なんだ?」
ため息と共に、とりあえずそう聞いてみることにする。
「手柄を独り占めするなど、少々野蛮なのではありません?」
「手柄……?」
どうしてそうなるんだ?
「惚けないで下さいませ! 昨夜の仕事はわたくしたち二人の仕事だったはずですわ。それを一人で報告してしまうなど、失礼にもほどがありますわ!」
「報告といっても仮のものだ。正式な報告はこれからだし、第一大した手柄でもないだろう。まだ解決していないんだから」
「……その余裕、本当に気に食いませんわね!」
ぷりぷり怒ってみせるシャレムに対して、私は半ば本気で辟易した。
実際のところ、よく分からないのだ。彼女が怒る理由が。
だというのに事あるごとにつっかかられてしまう。一応相手は先輩なので、私なりに気を遣ってもいるが、それでもお気に召さないらしい。ごく単純に相性の問題かな、とも思う。もっともそれなら近づいてこなければいいのに、どういう理由からかシャレムは何かあるとはやってきて、とりあえず文句を言うのだ。
最初は何だこの女はと思ったけれど、今となってはいい加減慣れたもので、さほど気にしてもいなかった。
とはいえこうやって、僅かな休み時間を占領されてしまうのは困りものである。昨夜だって遅くまで動き回っていたものだから、それなりに疲労はたまっていた。目を閉じるくらいの休息をくれたっていいのに、とは思うのに……。
このばか女。
「――シャレムちゃん!」
と、救世主がやってきてくれた。
その一声で、みるみるシャレムの顔が変わった。
う、と振り返るシャレム。
教室の入口に現れていたのは、また上級生だった。
普段はほんわかとした優しい雰囲気の持ち主が、今だけは厳しい視線を向けてきている。
「カ、カリネ……」
シャレムは悪戯を見つかった子供のように肩をすくめて、思わずその少女の名を洩らした。相変わらず頭が上がらないらしい。
あとがき
あ〜、もう二月かあ…。
by たれ たれを |
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January
2011.1/26
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 7
「リーゼ!!」
「……うるさい。怒鳴らなくても聞こえる」
「うるさい、ですって? またずいぶんな口の利き方ですわね――」
そのままずんずんと教室内へと侵入してくるシャレムから避けるように、クラスメイト達が引いていく。残されたのはただ一人、窓際に座る私だ。
腕組みし、ずん、と仁王立ちして睥睨してくるシャレムを見返して、私はいつものようにため息を洩らしてやった。
「……もう少し普通に入ってこれないのか? みんな、怯えてる」
「ふん、下々の者と馴れ合うつもりはありませんわ。庶民は庶民らしく、隅で大人しく控えていればよくてよ」
偉そうに。
「貴族だからって威張るな。今時」
動じた様子など微塵も見せずにつぶやいてやれば、今度はシャレムの方が軽く吐息したようだった。
「……まったく。貴女くらいですわ。古くからの権威をこうもあっさりと見下すことができるのは」
やれやれと、これ見よがしにシャレムは肩をすくめてみせる。
この偉そうな女――シャレム・アーレストは、隣国ジュリオンでは名門中の名門、アーレスト伯家の出身である。一応貴族さまというやつか。
ヨーロッパ最後の絶対君主制を維持しているトルメストほどではないにしろ、この国でも貴族性は色濃く存在しており、身分の差も激しい。
そもそもこの学校は貴族が通うような場所ではないこともあり、彼女はほとんどこの学校に君臨している有様だった。誰もが頭を下げてしまうシャレムではあったものの、私はもちろんそんなことなどしたことがない。面倒くさいし。
とはいえ相手は貴族である。この国は貴族が優遇されている法律もある。私の普段の言動は、シャレムがその気になれば不敬罪でも適用できる範囲のものであったのだけど、どういうわけか文句を言いつつもそんなことはせず、むしろ認めてしまっている雰囲気さえあった。
まあ単なるクラスメイト、というわけじゃないからでもあるし。
そういう意味ではシャレム同様、私も校内ではちょっと目立った存在だったりするのである。……望んでないのに。みんなシャレムが悪い。
「別に見下してなんかいない。ただ、私個人には関係無いだけの話だ」
「だとしても、それを実行しているのはわたくしの知る限り、貴女だけですわ、リーゼ」
そう言うシャレムの表情が、少しばかり緩む。
が、それもたちまち元の剣幕に戻ってしまった。
「そんなことよりも。貴女、勝手に昨夜のことを報告しましたわね?」
おかしなことを聞いてくる。
あとがき
ちょっと間が空いてしましましたが、どうにか更新です。
by たれ たれを |
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2011.1/19 雪…
ここ一週間で仰山積もってくれやがりました。いやー、降り過ぎです。
どんだけ雪かきしても、賽の河原みたいな感じで、次の日には元に戻っている有様。ついでに屋根雪降ろしもしたんで、家の周囲には壁ができているし……。
何より通勤が一番しんどいですね。普段の倍から三倍ほど時間はかかるし、道はがたがたかつるつるのどっちかで、車の運転は非常に疲れます。
早く消えて欲しいものです……。
by たれ たれを
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 6
■《視点 リーゼ》■
アジェステリア公国。
スイス、ドイツ、オーストリアと国境を接する小国で、アジェステリア三国と呼ばれる連邦の中では最も領土が大きい国家である。
アジェステリアはかつて大公国として、神聖ローマ帝国の構成国家の一つだったらしい。しかし十九世紀に入り、神聖ローマ帝国の崩壊後にはライン同盟に参加。ライプツィヒの戦い以後、ドイツ連邦に参加することなく独立を維持することになる。
この神聖ローマ帝国の崩壊とナポレオン戦争のどさくさで、アジェステリアに内乱が勃発したという。大公国の辺境貴族であったトルメスト城主ヨハン・ラインヴァルドが反旗を翻し、内戦状態へと突入。
その結果、コルセシア、ゼルディア、クリセニアといった西部領土を併呑し、ヨハンは大公を名乗り、独立に至る。トルメスト大公国の成立である。
この内乱により、弱体化したアジェステリアに見切りをつけるように、アジェステリアの主要宗教都市であるジュリオン市が独立してしまった。このジュリオンを緩衝地帯とし、ジュリオンの僧会の仲立ちもあって、両者は和睦することになる。劣勢だったアジェステリアは自ら国家の地位を公国に落とし、トルメストの独立を認め、どうにか不可侵条約の締結にこぎつけることになった。
その後アジェステリア、ジュリオン、トルメストは対外的に共同体であるアジェステリア連邦を成立させ、永世中立を謳い、二度の世界大戦も隣国スイスと共に中立を貫き、現在に至るわけである。
「――いったいどういうことですの!?」
昼休みになった途端の出来事だった。
まだハイティーンにも関わらず、すでに充分淑女としての品を備えた学園一の才女が、事もあろうに優雅さからは程遠いほど肩を怒らせて、下級生の教室に怒鳴り込んできたのである。
教室内にいた生徒達は、ぎょっとしたように入口の方を見やって、すぐさま視線を逸らした。
視線が合った途端に射殺されかねない剣幕に、誰もが反射的にとった自然な防衛反応である。
……まったく、うるさいのが来た。
のそのそとみんなとは遅れるかたちで、私もそっぽを向くことにする。
まあ……たぶん、そんな私の行為がわざとらしく映ったのだろう。怒鳴り込んできたシャレムにめらめらと怒気の炎が膨れ上がったようだった。
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2011.1/17
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 5
「どうやらそこの研究員のようですわね。もう一人も、恐らく同じでしょう」
地面にわだかまった消し炭に目をやりながら、わたくしは断言した。
リーゼは確認していないだろうが、もう一人も同じような白衣姿だったのだ。
「何か関係があるのか? 今回の事件と、その製薬会社と」
「さあ……。そんなことはわたくしには分かりかねますが」
曖昧に言葉を濁すと、リーゼの勝ち気な瞳がじっとこちらを見つめてきた。探るような瞳にも見えたが、それも僅かなことだった。
「これからどうする?」
軽く周囲を見渡しながら、リーゼが尋ねてくる。
ぞんざいな態度はともかく、一応指示を仰いでいるらしい。
「まだ他にいる可能性は?」
「あると思う」
「では捜索を続けましょう。ですがリーゼ、あなたはここの後始末をなさい。ここから少し奥まった所に、犠牲者の遺体もあったことですし」
「……ああ、それは私も見た。始末は構わないが、シャレムは?」
「ですから捜索を続けますわ」
「わかった」
特に反論せずに、リーゼは頷く。
事後処理は必要である。このまま朝になれば、また大騒ぎになってしまう。
「――では任せましたわ、リーゼ。くれぐれも手抜かりのないよう」
「お前こそ。もう油断はするな」
「っ……。しつこいですわね。嫌われますわよ」
これだからこの小娘は……ふん。
考えるのはやめて、わたくしは一人先へと進んだ。
「……別に嫌ってくれても構わないが」
去り際に、それこそ興味無さげなそんな声が聞こえたような気もした。
あとがき
一月中に第一章は終わるのだろうか……。
by たれ たれを |
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2011.1/12
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 4
「……うるさい。証拠ごと燃やしてしまうお前に言われたくない」
……む。
だって咄嗟だったのだし、あんな汚らわしいものは燃やしてしまうに限るじゃないの。
わたくしの皮肉にも気にすることも無く、リーゼが胸ポケットより取り出したのは、血でかちかちになった故人の財布だった。
「……何か、個人を証明するものでも出てきましたの?」
下品とは言ったものの証拠となればやっぱり気になったので、わたくしは彼女の背後から控えめに覗き込んでみた。
「カードがいくつか……。うん……? これは」
リーゼが手に取ったのは、一枚の身分証のようなもの。
セキュリティカードの一種のようで、故人が所属していたと思われる民間企業の名称と、個人の名前が記されている。
「シャラ=イスタ……?」
「何ですって?」
一瞬耳を疑った。思わず身を乗り出してしまう。
わたくしはリーゼから身分証を奪い取り、食い入るようにそれを確認した。
「……知っているのか?」
不審げに、リーゼが尋ねてくる。
「…………貴女こそ、ご存知ないの?」
すぐには答えられず、微妙な間を作ってしまったことに後悔しつつ、それでも極力面には出さないようにして、わたくしは質問を返した。
「知らない」
「……いったい何年この国に住んでいるのかしら」
大袈裟に呆れてみせてやれば、む、とリーゼは不満そうに眉を寄せる。
「うるさい。それより何なんだ。その、シャラ……何とかというのは」
「アジェステリアでは最大の製薬会社ですわ」
「…………。やっぱり知らない」
少し考え込んでみたようだったけれど、やはり彼女の記憶にその名前は存在しなかったらしい。まあリーゼには無縁といえば無縁だものね。
「貴女ときたら……。本当に世俗には興味無いのですわね。たまには新聞くらい読んではいかがです?」
「読んでる」
「別に不祥事を起こしたとか、事件性のある記事では載ったことは無かったと思いますわ。経済面をお読みなさいな」
この指摘は的確だったようで、さすがにリーゼも黙り込んでしまった。
読んでいるといっても隅々まで読破しているわけじゃないでしょうし、経済面など子供にとってはそれこそ興味の無い分野であることは、まあ一般的といえば一般的である。
あとがき
多少調べたとはいえ、外国の設定というのは意外に戸惑うことがあったり、ですね。
by たれ たれを |
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2011.1/10
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 3
「ギシャアアアアっ!!」
「!!」
異様に伸びた爪が、辛うじてかわしたわたくしの頬をかすめ、赤い線を引く。
「もう一体いた……?」
さすがに驚きを隠せず、目を見張る。
もう一体……!
先ほど燃やし尽くしたモノと同様、白衣を着た人間だったモノ。今度は女。
迂闊だったことよりも、顔に傷をつけられたことのほうにカッとなった。
「よくも……っ」
間合いすら取らず、そのまま燃やし尽くそうと腕を振り上げたところで、ソレの頭が吹き飛ぶ。
「――……」
それで、ソレは動かなくなった。
拍子抜けしたようにわたくしは死体を見返してから、今度は不快げに面を上げる。
「油断だぞ、シャレム」
「……誰が油断ですって?」
シャレム、というのはわたくしの名前である。
その名を呼んだ相手を見返せば、そこには自分と同じ年頃の少女が佇んでいた。
たった今、人間だったソレの頭を吹き飛ばした少女である。わたくしよりやや小柄な体系で、異国の少女だった。名前はリーゼ・クリストという。
正確には、わたくしよりも一つ年下だったかしら。
あらゆる面でわたくしの方が先輩にあたるはずなのだが、このリーゼという少女ときたら、あらゆる面で生意気だった。……少なくともわたくしはそう認識している。
「もう一体いたのに気づいていなかっただろう?」
早速生意気にそんなことを言ってくる。
「気づきましたわ。貴女に言われるまでもなく」
一応、事実である。
実際あの瞬間、リーゼの警告よりも早く、わたくしは反応できていた。できてはいたけれど、際どかったのは確かだし、何よりそんなぎりぎりまで反応できなかったのは不覚といえば不覚か。
わかってはいるけれど、はいそうですごめんなさいなんて、口が裂けても言えるものですか。ふん。
一方のリーゼは興味無さげに首を振ると、しゃがみ込んで首なし死体の衣服をあさり始める。……何ていうか、年頃の少女がする行為じゃない気がする。
「まあ、下品な」
その動機はもちろん理解しつつも、結局わたくしは反射的に皮肉を交えて非難してみせた。
あとがき
専用ページもできたことなので、ここで公開したものは、一章ごとにまとまり次第、まとめて掲載するようにするつもりです。じゃないとここのページだけでは読みにくいですからね。
by たれ たれを |
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2011.1/9 専用ページとか
とりあえずということで、現在連載中の『黒衣ノ業』のページを作ってみました。一応NovelからでもProductsからでも行けるようになっています。
実はこの話、一年半くらい前から連載していこうかという企画があって、そのつもりでがつがつ作っていた時期があったのですが、ちょうどその頃から『銀ノ鏡界T』の製作が忙しくなってきて、結局片手間ではできないなあということになり、これまでお蔵入りしていたわけです。
昨年中にゲームの方は完成に至り、資料集などの執筆をしながらこの話の内容も固まってきたので、一気に吐き出すことになりました。
ちなみにこのお話、文章は相変わらず私が書かせていただいておりますが、原作のようなものは私ではなく、ブラン・ブル氏が考えてくれたものです。これまたずいぶん前のことになりますが、その草案のようなものを見せていただいて、これはイイ、そのうち文章化してみたいなあと思っていたわけですが、今回それが叶った感じですね。
あとは連載が無事続いていってくれればいいのですが、それも私次第。
うーむ、今年は頑張るぞ!
by たれ たれを |
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2011.1/6
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 2
■《視点 シャレム》■
「ウがぁあアアあアアっ!!」
人のものとは思えぬ奇声を上げて、その人間だったモノは飛びかかってくる。
見たところ、青年くらいの歳の男だった。
しかしその顔は異常に青白く、白目を剥き、それとは対照的に口の周りは真っ赤に染まっている。
自身が着ている白衣ですら、どす黒く染まり切っていた。
「――食人鬼、ですか。汚らわしい」
わたくしはそう切って捨てた。
こんなモノ、存在の一片だって認める必要はない。
戦意を高めつつ、こちらへ向かってと襲い来るモノに向かい、わたくしは腕を一閃させた。
「ギャアアルアアア!?」
悲鳴と共に、青年の姿をしたモノが発火する。
「火葬はこの国の流儀ではありませんが――」
「!!」
燃え盛る炎に目を向けていたのも束の間で、わたくしは弾かれたように背後へと跳んだ。
全身から炎を吹き出しながらも、ソレが猛然と突進を再開したからだ。
「ずいぶんと、しつこい死体ですこと!」
更に腕を一閃させれば、吹き上がる炎の威力は倍増した。
その威力に身体の各部が崩れ出し、無理に前進しようとしたソレは、無残に崩れ落ちていく。
ここまで、ね……。
「ふん……。どうってことありませんでしたわね」
ソレが完全に燃え尽きたのを確認してから、わたくしはさらりと髪を掻きあげてみせた。
たった今死体が動き回り、燃え尽きた陰惨な場にあって、それでもわたくしは努めて優雅に振舞ってみせる。
わたくしが身にまとっているのは、この国と隣国では一般的な聖職者の僧衣であるが、色と装飾、デザインが一般的なそれとは微妙に異なっていた。
無愛想な僧衣をわたくしなりにいじった結果である。だって野暮ったいったらないんだもの。
もう一度髪をかき上げ、小さく息を吐く。
「それにしてもリーゼったら、どこで道草しているのかしら? 所詮、わたくしと組むにはまだ―――」
思い起こしたのはわたくしのパートナーである。
でもそんな相手のことに思いをはせる余裕は無かった。
「!っ」
はっとなって振り返る。
「シャレム!」
警告の声は、わたくしが身体を捻るよりも一拍遅れて響いた。
あとがき
『黒衣ノ業』は、時系列としては『悠遠ノ絲』と『終ノ刻印』の間のお話になります。具体的には『終ノ刻印』の直前、といったところですね。
by たれ たれを |
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2011.1/4
『黒衣ノ業』 第一章 二人の魔女 1
■《視点 リーゼ》■
「……ひどいな」
夜の静寂に、私の声だけが響く。
人気の無い裏路地は、夜の闇と相俟って生きた気配というものが無かった。すでに終わっている、というべきか。
そんな場所に佇みながら、私は足元へと視線を投げかける。
ぴしゃり、と水をはじくような音。
一歩動いただけで、赤い水溜りが音を立てる。
真っ暗にも関わらず、赤と認識させられてしまうほど強烈な色と、匂い。血臭。
……いい匂いじゃない。むかむかする。
血の池の真ん中には、骨と内臓がむき出しになった、人間だったものが転がっていた。
「人食い、か……。初めて見た」
凄惨な光景といえばそうなのだろう。でも私は僅かに表情をしかめた程度で、そのまま死体の様子の確認を優先させた。
その死体は……一言で言えば食い散らかされた後、だった。
しかも野犬の類がやったというわけでもなさそうだ。
気持ち悪いけど、死体の傷跡に指を突っ込んでみる。
そこに挟まっていたのは、人間の歯らしきもの。
……はあ。
無理に食いちぎろうとすれば、こうなるのも当然か。
まったく趣味が悪い……!
「先を越されたか」
死体はどう見ても、まだ食べかけである。何かしらの理由で食事を中断せざるを得なかったのか、単に腹がふくれただけなのか。
前者であると、迷わず私は判断した。
血溜まりのすぐ傍で、地面に筋状に穿たれた亀裂。
少し急いだ方がいい……か。
そう判断し、私はその場から駆け出した。
あとがき
連載中の文体ですが、基本的に『終ノ刻印』や『銀ノ鏡界』と同じような、多視点で進行する形でいくつもりです。なので、一人称と三人称がその時々の視点によって入れ替わり、分かりにくいシーンなども出てくるかもしれませんが、ご容赦いただければと思います。
by たれ たれを |
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2011.1/3 明けましておめでとうございます
やったー、正月四日目にしてお休みがもらえた♪ なので明日はしばらくぶりのお休みです。 世間さまでは四日から平日……なのかな? 今年は正月が短いというわけで。まあ私も休みは明日一日だけで、明後日からまた仕事なわけですが。
ともあれ明けましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。今年も一年、ibisをよろしくお願いいたします。
年も明けたということで心機一転……というほどでもないのですが、このDiaryにオリジナルのノベルを不定期で掲載していこうかな、と考えています。
現状、製作的なことではあまり書くことのない日記ですので、だったら製作してあるものを載せていこう!……という無謀な試みでして。
一回に載せる文量は少なめで、なるべくこまめに更新していきたいなーと思っています。新聞に掲載されているような小説みたいな感じでしょうか。もっとも新聞みたく毎日連載とはいきませんが……(汗
これから掲載していこうと思っているノベルのタイトルは『黒衣ノ業』。いつぞやエイプリルフール企画触れた作品です。資料集などをお持ちの方は内容をご存知かと思いますが、文章化されたものはここで公開するのが初めてとなります。
細々と連載していくことになるかとは思いますが、暇つぶしにでも覗いてやっていただjけると幸いです。
というわけで、はじまりはじまり〜♪
by たれ たれを
『黒衣ノ業』 序章
■《視点 other》■
「ふうん。ならオレを使えよ?」
闇の中。
どこまでも軽薄な声が、無意味に響き渡った。
「何だと?」
応える声には微かな戸惑いがある。
「貴様が役に立つというのか?」
まるで期待していない声音に、軽薄な声の持ち主は大袈裟に嘆いてみせた。もちろん、振りではあるが。
「そこそこ相性はいいと思うぜ。何たってこの身体、あいつの母親にいいように作り変えられたモンだからな。はは――いい皮肉だぜまったくよ」
「母親、だと?」
聞き捨てならない台詞に、軽い調子の青年はおどけながら肩をすくめてみせた。口が滑った、とばかりに。
「オレにとっちゃあいつの名前は禁句でね。下手に呼ぼうもんなら嗅ぎ付けられかねねえ。そうなったらアウト、だよ。根こそぎ滅ぼされるぜ? くく」
ま、それはそれで嬉しいんだけどな、と青年は内心思う。
「何者だ? 貴様」
青年に対する男が、不審げに眉をひそめた。ここに至って、この青年のどこか異常さにようやく気づいたというべきか。
「オレか? そーだなあ……」
どこか自問するように。
やはり軽薄に、青年は答えた。
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